2010 月

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19:48


噴きましたねぇ…
ちょうど紅葉がきれいな季節ですから、人も多かっただろうに。
こんな時ながらも「しばらくは入山禁止なんだろうなぁ」と 思ってしまう、我が心の浅ましさよ。

とは言え、好き好んで山に行くもの(最近は全く行っていないが…)からすると、 これも自己責任の内だと思う。
噴火なんて、準備も対策もできないけど、自己責任。 山ってのはそういうものなんだろうなと改めて実感した。

幸いなことに、山頂小屋も壊滅せず、死傷者もごく少数であるようだ。
噴煙が激しいために、救出に迎うことが出来ない自衛隊や政府への批難声明が出ていないのも幸いである。

災いは忘れた頃にやってくるというが、震災後に騒がれた活火山の中でも御嶽はまったく名前が上がっていなかったと思う。 (逆に富士山や焼岳、霧島連山は注目されていた)。
地震、津波、噴火ときて、次はなんなのだろうか訝しんでしまう。
個人的には洪水かなと思ってる。


いきなり話題が変わるが、 アギーレ監督に代わってからのサッカー日本代表親善試合を数試合見ることができた。
明らかに日本の弱点というか、悪癖を修正しに来ているのが解る試合だった。
悪癖とは、相手の積極的なプレスにめっぽう弱いことである。
プレスを受け、(DFがポジションを上げたりFWが駆け引きをしないから)遠藤長谷部ラインが機能せず、 苦し紛れのパスを出してカットされピンチを招くというプレイを繰り返していた。なんのプレス対策も無いままに。
ところがアギーレに変わってから、2つの当たり前の対策を打ってきた。
一つ目。DFからの縦ポン。
試合中、一度も決まらなくても良いから見せなければいけないプレーである。
裏への縦ポンがなければ、相手はDFラインを恐れることなく上げられ、それはハードなプレスへとつながる。
2つめ。DFラインでのパス回し。
DFが楔のパスの入れどころがなく、横パスを出すと相手はすかさずプレスに来る。 其の様子を、パスを出したDFはただただ見つめていた。今までの日本は。
アギーレジャパンではパスを出したDFがリターンを受けられるように(多少は)動くようになった。
日本が一番多く失点してきた「ショートカウンター」は減っていくことだろう。
結論を出すのははすぎることは承知だが、監督にアギーレを選んで正解だったと思う。


さて、私的な話。
留学は来年初頭になるだろう。
その前に、汚部屋の片付けはもちろんのこと、車を処分しなければならない。
車屋に持っていくためにバッテリーを変えなければならない。
早めに片付けたほうがいいんだろうけど、面倒だから有給中にやろうかなと考えている。
あとは、パスポートを取って、ワクチンを打って、保険に入って、という庶務ぐらい。 退職後には保険の切り替え等も行わなければならない。 どうせしばらく旅行にも逝かないのだから、カメラも処分しようかと考えている。

なにより、そろそろ留学先を決めなければならない。
マンツーマン重視でオススメがあったら教えてほしい。 それと留学前の勉強法も。

http://jin115.com/archives/52039443.html

なぜ安全厨は騒がないのか。
こんなもの、代々木公園での問題が出た時点で、代々木公園を1日封鎖して周辺も通行止めにして薬剤散布しまくるしかないのに。
経済性も考えると、夜間にやるしか無いとおもうが、それさえしない。
ただなんとなーく薬剤散布して終わり。
こういう姿を見ていると、デング熱という問題を解決したいのではなく、解決しようとしている姿を見せたいだけなんだろうと 思えて仕方がない。

まさにヒュンダイ日本人。The Japの面目躍進といったところである。


ところで、糞ジャップの中でも最も腐っている反原発安全厨はなぜ騒がないのか。
あいつらは「経済より何より命が一番大事。産業が成り行かなくなろうともナマポがふえようともエネルギー供給が 途絶えようとも、今すぐに原発を全て停止すべき」と騒いでいる連中である。
ならばすでに被害者が出ているデング熱。 また、いつ押し寄せるかもしれないエボラ出血熱。
これらに対応するために、なぜ「今すぐ空港を封鎖しろ」と叫ばないのであろうか?


彼らの目的が安全確保以外にあるからである。
朝鮮人慰安婦問題を騒ぎ立てる連中が、今の日本にいる朝鮮人売春婦問題に言及しないのと同じパタァンである。
彼らに騙されることは、罪だと思う。
彼らに騙された「自称善良な人」たちによって、日本のエネルギー価格は上昇を続け、日本は朝鮮に多額の賠償金を払い続けてきた。
私は彼らを「糞ジャップ」と呼ぶことにしている。

ウソかどうかは重要


ラジオなどで散々
「嘘つきと話をしてもしょうがない」
と語ってきた。

それは、私を肯定的に…つまりオベッカを使う人も含めてのことだ。

リアルの世界でよく見かける、お互いの悪い部分に目をつぶったヨイショ合戦。
現実世界ならば、その場の付き合いや仕事上の関係もあるから、好むとこのまざろうとヨイショ合戦 に加わることもあるだろうが、ネット上でもやっている連中が結構いること堪らなく腐臭を放っているように感じる。

小生はヨイショをすることもされることもイラつく。
良い所だけを見て悪いところを見ないといった矛盾に気がついてしまうし、「ヨイショする」 という目的有りきの話はスジも理論も歪めるため、脳みそを使った会話にならない。
ただ「貴方を褒めたいんですよ」という信号が送られてくるだけだ。
それはとても無駄な事に思える。
プラス、上記の動画にあるように「この人は本当の会話をするつもりはないのだな」 というバカにされた気分になる。

小生がヨイショ合戦や結論有りきの話をすることを憎むのは、 バカバカしさや時間のむださよりも、その腐臭にある。
自分が気持ちよくなる為に、あるいはお互いに気持ちよくなるために 言葉と時間を使う。
やっていることはアルコール摂取と変わらない。 あるいはお互いに腕を差し出して、互いに麻薬注入しているのと同じだ。 ババァどもの井戸端会議そのものだ。
それが、今のこの国では、なんだか積極的で良いことのように捉えられている。 ぺちゃくちゃ年がら年中脳を使わないお喋りを繰り返している連中が 「明るく元気」な人と呼ばれている。
僕から見たら、それは「腐った人」なのだ。恐ろしいことに。



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